日本人はもっと人を褒めるべきだよね

自己評価が低すぎる日本人と高すぎる米国人

夜も遅いが寝る前にもう1エントリー。
コラムニストの金平敬之助さんの記事におもしろい話があったので紹介する。

■日米監督の違い
日本のプロ野球の話。春のオープン戦で楽天一場投手が四球を連発、押し出しで得点を与えた。試合後の野村監督の愚痴。
「あれじゃ打たれるほうがマシ。キャンプは失敗だったんじゃないか?」
阪神の杉山投手も3回で7安打を打たれる。試合後の岡田監督のひと言。
「次はないよ」
大リーグ春季キャンプの話。ニューヨークヤンキースの井川投手の初ブルペン入りで投げた初級は大暴投。高めに抜けるボールも多かった。決して出来がいいとは言えない内容にトーリ監督はこう評した。
「少し荒れていたようだが、無理してストライクを投げようとしなかったことがよかった。」

もうひとつ。「ウェブ進化論」書き、今はシリコンバレーに在住する言わずと知れたネット界のご意見番梅田望夫氏の書いたエントリーから。

■「直感を信じろ、自分を信じろ、好きを貫け、人を褒めろ、人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ。」
ネット空間で特に顕著だが、日本人は人を褒めない。昨日もLingrイベントで言ったけど、もっと褒めろよ。心の中でいいなと思ったら口に出せ。誰だって、いくつになったって、褒められれば嬉しい。そういう小さなことの積み重ねで、世の中はつまらなくもなり楽しくもなる。「人を褒める」というのは「ある対象の良いところを探す能力」と密接に関係する。「ある対象の良いところを探す能力」というのは、人生を生きていくうえでとても大切なことだ。「ある対象の悪いところを探す能力」を持った人が、日本社会では幅を利かせすぎている。それで知らず知らずのうちに、影響を受けた若い人たちの思考回路がネガティブになる。自己評価が低くなる。「好きなことをして生きていける」なんて思っちゃいけないんだとか自己規制している。それがいけない。自己評価が低いのがいちばんいけない。

この件に関連して梅田氏は、「アメリカ人は過剰に自己を高く評価する人が多いが、逆に日本人は過剰に自己を低く評価する人が多い。その中間ぐらいが一番バランスがいいのに。」とも言っている。

日本人はもっと人を褒めていいと思う

日本人はとにかく人を誉めるのが下手だ。特に男性はその傾向が顕著のように思える。他人を評価すると自分の評価が上がるとでも考えているのか?それとも単純に相手の良いところを見つける能力が低いのか?
一番最悪なのは相手を貶めることで自分の精神的安定をはかろうとする人。自分よりまだまだ下がいると思うことでしか安らぎを得られなくなってしまったらもう終わりだ。
人を褒めるのが苦手な日本人は、少しわざとらしいというくらい褒めてちょうど良いのではないか?もちろん、まったく見当違いな褒め方は相手を不快にさせるが、ちょっとでも良いと感じれば些細なことでも素直に褒めるべきだ。別にそれがまったく関係のない他人だって、ネットの中だっていい。そういう習慣はつけて損はない。
コミュニケーションにおいて相手を肯定すると、相手からも肯定的な答えが返ってくる、その応酬を「プラスのストローク」という。SNSが発展した理由のひとつに、この「プラスのストローク」が生まれやすい土壌を作ることができたからというのは間違いない。プラスのストロークは相手への信頼、チームの団結力、発展的意見の創出など様々な効果を発揮する。
褒めるのが嫌いな人がよく言うセリフに「あいつは褒めるとすぐつけ上がるからダメだ」というのがある。別につけ上がったっていいじゃないか。どんなにつけ上がっても、いずれ現実にぶち当たるんだから。わざわざ先回りして鼻っ柱を折って、本人のやる気すらそぐ必要なんてどこにもない。だからこそ身をもって結果を知る競争の場は必要なのだろう。というか、そもそもが自分を過小評価する人が多い日本では、ちょっと褒めたくらいで天狗になる人はほとんどいないだろうからそんな心配はそもそも無用だ。
余談だが、自分の職場の周りには「人を褒める能力」に長けた人達がとても多いと感じる。新入りの自分にとってはそういった環境で仕事ができるのは幸運である。