統制されたネット言論〜中国のネット事情

現代によみがえる『1984

イギリス人作家のジョージ・オーウェルGeorge Orwell, 1903-1950年)は、著書『1984』(1949年)の中で、「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビによって、人民の行動が屋内外問わずあらゆる場面が当局によって監視されている近未来の管理社会を描いた。この作品が発表されてから40年後の未来、コンピュータが一般家庭にも普及が始まり、徐々にインターネットが普及を始めたころ、『1984』の世界が現実になるんじゃないかと危惧する声もあった。
だが2007年の現在、日本や米国で、インターネットが国家による管理手段になっているか?と問われれば、ほとんどの人は「No」と答えるだろう。私の答えも同様である。*1むしろ、ネットは従来のトップダウン型の情報伝達の構図を劇的に変え、個人の自由な言論の発信力を高めているように感じる。だが、そう感じられるのは、単に日本に住んでいるから、とも言えるのかもしれない。

当局によるネット監視

中国のネット上で巻き起こった反日活動において、中国当局が介入してその混乱を収めようとしたニュースはまだ記憶に新しい。このニュースによって、中国のネット事情がどうも日本とは違うということに気がついた日本人は多いだろう。
そして先ごろ、こんなニュースを目にした。

人権団体がYahoo!を提訴(IT Media News)
Yahoo!が、中国政府による中国人活動家の逮捕に加担したとして提訴された。人権団体の米Human Rights USAは4月18日、中国政府による中国人活動家の捜査・逮捕に加担したとして、米Yahoo!とその中国子会社を、米カリフォルニア州北部地区連邦地裁に提訴したと発表した。この訴訟は、活動家ワン・シャオニン氏とその妻の代理として、Human Rights USAが提出した。Human Rights USAによると、ワン氏は2002年、中国の民主化と複数政党制の必要性を説いた記事をネットで配信。その後ワン氏は、Yahoo!の中国子会社が中国当局に提出した個人情報により身元が特定され、逮捕されるに至った。ワン氏は現在も「言論の自由を行使したというだけで投獄されている」という。

このように中国では言論の自由は確保されておらず、反体制を説く者に対する取締りが日常的に行われている。
この記事はYahoo!の中国子会社が提訴されたということでニュースになっているが、今回の例以外でも中国では反体制を説く者に対する取締りは、公共空間はもちろんネット空間にも及んでいる。つまり当局の中に専門でそういったサイトやブログを取り締まる機関が存在するということだろう。もちろん膨大な情報をひとつひとつ閲覧していくことには無理があるので、キーワード等で自動的に問題のあるページをピックアップするシステムや、一般からの通報(密告?)を受け付ける体制も整っているのだと思われる。

天安門」「自由」「民主主義」などはNGワード〜検索にも制限

ブログやコミュ二ティサイトの検問以外にも、中国では情報収集のための検索段階で制限がかけられている。中国では現在「Yahoo!中国」「Buidu(百度)」「Google中国」「MSN中国」などがメジャーであるが、これらのサービスのほとんどは中国当局の検閲要求、ならびに中国法執行機関の協力取り決めなどに合意した上でビジネスを展開している。つまり、これらのサービスは外資であろうと、すべて中国当局のルールに則ったサービスを展開しているということだ。
このルールより、中国の検索サイトをある単語を調べると、他の国で検索した結果とまったく違ったものが表示されたり、あるいはNGワードとして情報が一切表示されなかったりする。これについては2006年に国境なき記者団が興味深い調査を行っている。

「中国での検閲はYahoo!が最悪――国境なき記者団」(IT Media News)
調査ではYahoo!Google、MSNの中国語版と地元企業のBaiduで、「6-4(天安門事件が起きた6月4日の意味)」「法輪功」「チベットの独立」「民主主義」といった反体制的と見なされる用語を検索し、検索結果を比較した。
その結果、こうした用語の検索結果に占める中国政府寄りサイトの比率は、yahoo.cnの場合97%に達し、Baiduを上回った。google.cnでは83%、msn.cnは78%だった。これと比較して、検閲されていないgoogle.comなどで同じ用語を検索すると、中国政府公認筋の情報が占める比率は28%にすぎなかった。yahoo.cnでは特定の反体制的用語で検索をかけると検索ツールが一時的にブロックされ、まずエラーメッセージが出た後、改めて別の用語で検索しようとしても反応しなくなるという。こうしたやり方を取っているのはYahoo!のほかはBaiduのみだという。ただ、Microsoftは検閲を実施しないと明言したばかりだが、今回の調査によれば、MSN中国語版の検索結果は、コンテンツのフィルタリングを認めているgoogle.cnの結果と似たり寄ったりだったと指摘している。

このほかにも「六四天安門事件」「自由」といった単語を検索しても、存在しないWEBページにリンクされるなど、ほとんど情報が得られないようになっていると言う。このように、依然として中国国内の検索サイトに関しては厳しいフィルタリングがかけられている。
「ではGoogle.comなどの海外の検索サイトを使えば問題ないのでは?」という疑問も沸くが、それに関しても、「中国が検閲強化、Google.comへのアクセス不能に」という記事からわかるように、当局がハード、ソフト両面から相当の対策を取っていることがわかる。
このような状況においては、(抜け道はなくはないにしても)一般的な中国のネットユーザーが普段目にする情報は相当バイアスがかかったものに制限されているとみて間違いない。

それでもIT外資がこぞって中国に進出する理由

ここまで読んでもらえればわかるように、外資が中国においてビジネスを展開するには、少々勝手が違ったやり方を強いられることは覚悟しなければならない。それは「システム至上主義」と言われるGoogleが、周りから「主義を曲げた」と言われようと中国当局の介入を許した(許さざるを得なかった)事実や、その他にもSkypeを始め様々な企業が当局の検閲要求を受け入れている事実を鑑みても、これは受け入れざるを得ないと見るのが妥当であろう。
しかし、そのような制限やリスクを覚悟してでも、こぞって大手外資が中国IT市場に踏み込んでいるのはやはりそれだけの意味があるのだろう。なんと言っても世界最大の人口を抱えている上に、未曾有の経済発展を遂げている真っ只中である。PC、携帯を問わず今後インターネット利用人口はしばらく右肩上がりを続ける事は間違いない。また、コミュニケーションの分野では一人っ子政策の影響でリアル社会での他人とのつながりが希薄化し、代わりにネット上でのつながりを求める若者が増えているという話も耳にする。
また、中国のリサーチ企業である易観国際(Analysys International)が発表した「中国Web2.0市場年度総合報告2006」によると、Web2.0サービス市場は、2005年に7,100万元(約10億6,500万円。1元=15円で計算)であった。同社は2006年には1億6,500万元(約24億7,500万円)、2007年には5億1,800万円(約77億7,000億円)、2008年には21億4,400万元(約321億6,000万円)になると予測している。 こうした背景の中、Webサービス事業者の多くは、多少のリスクを背負ってでも進出するうまみは十分にあると考えているのだろう。
ただし、「検索」や「ニュース」などの情報提供系、あるいは「SNS」「掲示板」「IM」などのコミュニケーションを主体とするサービス事業者は、特に上記のようなリスクを見据えた上での自社サービスの展開が可能かどうか、慎重な視点が必要になってくると思われる。

*1:個人的にはGoogleが将来ビックブラザー的存在になりそうで恐いが・・・。